大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1042号 判決 1973年10月29日

控訴人 菅宮道子

控訴人 鈴木五郎

控訴人 鶴田澄子

右三名訴訟代理人弁護士 増田弘

被控訴人 株式会社関東銀行

右訴訟代理人弁護士 糸賀悌治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人は控訴人らに対し金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年九月一四日から右支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記一および二のとおり付加するほかは、原判決書事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、原判決書六丁表八行目に「第五号証の(一)(二)(三)」とあるつぎに「第六号証」を加える。

二、控訴人ら代理人は、当審証人鶴田正太郎および同武石洋亮の各証言を援用した。

理由

一、当裁判所も控訴人らの本位的請求(転付金請求)を失当であると判断するが、その理由は、つぎに(一)ないし(三)のとおり付加するほかは、原判決書理由一、および二、に説示されたところと同じであるからこれを引用する。

(一)原判決書六丁裏七行目冒頭に「言」とあるつぎに「(第一回)」を加え、同七行目の「及び」から同八行目冒頭の「証」までを削り、これに代え「成立に争いのない乙第四号証の表の部分の記載(ただし、中途解約とある部分を除く。)」を加える。

(二)同判決書六丁裏末行に「二十二」とあるのを「二十一」と訂正し、同判決書七丁表四行目に「証人鶴田正太郎の証言(第一、二回)の一部」とあるつぎに「原裁判所による日立市長に対する調査嘱託の結果、その形式および趣旨から真正に成立したものと認める乙第一一号証の(一)ないし(三)」を加える。

(三)原判決書九丁表五行目および六行目全部を削り、これに代え左記のとおり加える。

原審(第一、二回)および当審証人鶴田正太郎の証言中には、甲第一号証(念証)、乙第一ないし第四号証(定期預金、定期積金証書)、同第五号証の(一)ないし(三)(返却手形受領書)、同第六号証(念証)中の石崎建設株式会社代表者名下の「鶴正」という印影はいずれも同会社代表者不知の間に何人かが同代表者印を勝手に使用して顕出したものであって、同会社代表者としては被控訴銀行との間で同銀行の主張する両債権について相殺の合意をした事実はないとの趣旨の供述部分があるが、原審(第一、二回)および当審証人武石洋亮ならびに原審証人長野克己の各証言を合わせると、石崎建設株式会社は昭和三八年一〇月初旬に不渡手形を出したため取引銀行である被控訴銀行より当時同会社の経理を担当して被控訴銀行との金融取引に関与していた専務取締役長野克已を通じ金融上の取引を解約する旨を指示されると同時に、相互の債権債務一切の決済方を迫られ、その一環として割引手形である本件約束手形三通の買戻およびその買戻代金債務と本件定期預金、定期積金の中途解約による被控訴銀行の返還債務とを対当額で相殺すべきことを求められたので、右長野は、代表者である鶴田にその旨を報告して同人了承のもとに前記「鶴正」と刻した代表者印(角印)を借り受け、同代表者に代って前記乙号各証に右の代表者印を押なつしてその作成を完成し、これらの書類を被控訴銀行に差し入れ、これによって同銀行との間に前記相殺の合意をして、金融取引を解消したことが認められることならびに原審(第一、二回)および当審証人鶴田正太郎の証言中にも、同証人が右会社の代表者として右日時ころ前記役職の長野に対し会社経理の処理に使用させるため同人を信用して右の代表者印を手渡した事実のあることを認める旨の供述部分があることなどから考えると、鶴田証人の前記供述部分は同証人の思い違いか一方的解釈かによるものと思われるので採用しがたく、また原審証人鶴田順治の証言中前記証人鶴田正太郎の供述部分と同旨に帰する部分はその憶測ないしは伝聞に過ぎないと認められるからこれまた採用しがたく、その他控訴人らの原審および当審において提出援用した全証拠によっても前記引用にかかる原判決認定の事実を動かすことはできない。

二、そこで、つぎに控訴人らの予備的請求(損害賠償請求)について判断する。

(一)まず、控訴人らは、被控訴銀行は石崎高雄と共謀のうえ本件約束手形三通を石崎建設株式会社に返還しないで着服横領し、うち(イ)(ロ)の約束手形二通を受領権限のない石崎高雄に交付し、同人の裏書名義で取立に廻わしその手形金を同人に取得させたと主張する。

しかし、原審および当審にあらわれた全証拠によっても右主張事実を確認することができない。かえって、成立に争いのない甲第二〇、第二一号証、原審証人武石洋亮の証言(第一回)によってその成立を認めうる乙第八号証、同第九号証の(一)(二)、同第一〇号証、原裁判所による株式会社三井銀行に対する調査嘱託の結果、原審証人長野克已の証言によってその成立を認める乙第五号証の一、二、同証言、原審(第一、二回)および当審証人武石洋亮の各証言を総合すると、被控訴銀行は、前記引用にかかる原判決認定のとおり、石崎建設株式会社との間の債権、債務整理の一環として本件約束手形三通を同会社に買い戻させてこれを同会社に返還したのであるが、その際、同各手形を当時の前記会社代表者鶴田正太郎の面前で同会社の担当者に手渡したか否かこれを否定する原審証人鶴田正太郎の証言(第一、二回)はあるが、ともかくも正規の同会社々長印のある返却手形受領書と引換えに前記長野専務取締役の了承のもとに同会社の担当者に右返却がなされ、その後、石崎高雄が右手形のうち(イ)、(ロ)の約束手形二通を同会社から裏書譲渡を受けたとして、その形式を整えて、うち一通は右石崎個人が手形貸付を受けた金一、〇〇〇、〇〇〇円の債務に対する担保として取立委任の趣旨をもふくめ、また他の一通は取立委任の趣旨で被控訴銀行にそれぞれ裏書譲渡した。そこで、被控訴銀行としては、右石崎の依頼が正当な手形所持人としてのものと信じてこれに応じ、その趣旨にしたがったその後の処理がなされるに至ったに過ぎないものであることが認められ、被控訴銀行と石崎高雄との共謀による右各手形の横領、同手形金の不正取得等の事実は認められない。

(二)つぎに、右(イ)、(ロ)の手形についての右会社から石崎高雄への裏書は何人かによる偽造のものであり石崎高雄への交付は無権限の者によってなされたものであることを被控訴銀行としては知っていたか、または過失で知らなかったとする控訴人の主張について検討する。

前記認定の事実に成立に争いのない乙第七号証、前示甲第二〇、第二一号証、原審証人鶴田順治、同武石洋亮(第二回)、原審(第一、二回)および当審証人鶴田正太郎の各証言を総合すると、本件約束手形(イ)(ロ)の各第一裏書らんに一旦押なつされてはいるが抹消されている石崎建設株式会社の代表者名下およびその右空白欄内の「鶴正」という角の印影は、鶴田正太郎が昭和三六年七月同会社の代表者に就任以来同会社の代表者印として被控訴銀行との金融取引その他手形小切手の振出等経理関係の事務に使用していた印章(以下角印という)によって顕出されたものであって、同裏書部分に押なつされている同会社社長印の文字を示す丸の印影は、鶴田正太郎の前代表者である石崎高雄がその代表者印として銀行関係を含めて一般に使用していた印章(以下丸印という)によって顕出されたもので、同丸印は鶴田正太郎が代表者に就任してからは金融取引関係には使用されていなかったものであること、右二通の約束手形とも、前記のとおり被控訴銀行から前記会社に返却されたころには、同銀行宛の裏書欄における同会社代表者の前記角印および被裏書人名が抹消されており、さらに同会社から石崎高雄に裏書された場合のその形式は、右同一裏書欄中の裏書人の記名をそのまま利用し、ただ代表者名下の前角印のみが前記丸印に押し直され、被裏書人の被控訴銀行名が抹消されたままであること、右会社の代表者鶴田正太郎がおそくとも昭和三八年一月被控訴銀行との間で金融取引を開始するについて同銀行に対し右の角印を同会社の代表者印として届け出で、その後これをその取引関係に使用してきたこと、したがって、被控訴銀行としては、石崎高雄から前記各約束手形の裏書譲渡を受けた際には、右会社において当時すでに前記届出印でなくなっていた石崎高雄の代表者当時における代表者印を使って前記買戻手形をさらに石崎高雄に裏書したものであることを十分承知し、少くとも容易に承知できる状態であったことが認められる。

しかし、そうだからといって、これ以上進んで被控訴銀行が、石崎高雄から前記各約束手形の裏書譲渡を受けた際に、石崎建設株式会社の石崎高雄に対する前記裏書が偽造であることまで知っていたという控訴人ら主張の事実については、原審および当審にあらわれた全証拠によってもこれを確認することができず、むしろ、被控訴銀行としては、石崎高雄が正当な手形被裏書人であると信じていたことが認められることは前記のとおりである。さらに、また、前記のような諸事実が認められるからといって、このことから被控訴銀行が右会社の石崎高雄に対する前記裏書が偽造であることを発見できなかったのは被控訴銀行の過失であると即断することもできない。けだし、前記形式による右会社からの石崎高雄に対する裏書の形式は、必ずしもいわゆる裏書の連続を欠くものとは断じ難く、とくに、石崎高雄から裏書譲渡を受けた被裏書人たる立場にあった被控訴銀行としては、裏書人石崎高雄に対するさらに前者の裏書人たる石崎建設株式会社の裏書における代表者印が、曽ての取引先としての届出印と同一であるか否かに関心と疑念とをもつこともなく、当該手形の外観と取扱者の見解とにしたがって裏書の連続があるかどうかを調査確認しただけでそれ以上進んでその裏書の真偽を確認しないままに事を処理することもあながち不当ともいえず、その裏書の真偽までを調査すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。もとより、被控訴銀行としては、前記のとおり同会社との間では金融上の取引を解消したのであるから、同会社に対し、右のような場合にも同会社の裏書の真偽までを調査して事務を処理すべき契約上の注意義務を負担しているともいえないから、被控訴銀行が右の際前記各約束手形について石崎建設株式会社の裏書の真偽を確認しなかったからといってこの点に過失があるともいえないのである。

したがって、控訴人らの予備的請求もこれ以上判断するまでもなく理由がない。

三、よって、右と同旨に出た原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 唐松寛 兼子徹夫)

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